ゼニアの「SHANG」がシルク混紡の生地である理由
ゼニアの春夏向けレーベル「SHANG(シャン)」は、ウール90%、シルク10%の混紡生地となっています。「トロフェオ」「トロピカル」「クールエフェクト」など、他のゼニアの春夏物はウール100%で作られているのに、なぜ「SHANG」だけがシルク混紡の生地なのでしょうか。
「SHANG」の生地は、手で触るとひんやりと冷たい感じがします。また、「SHANG」で作られたスーツは、冷たい手触りに加えて、汗を吸収し湿気を放出するので、夏でも涼しく着こなすことができます。
これらの「SHANG」の特徴は、生地に混ざっているシルクの繊維の特徴に由来するものです。独特の手触り、優れた吸汗性と放湿性、美しい光沢など、シルクならではの特性が「SHANG」の生地としての個性につながっているのです。
現在では、科学的な技術によって「クールエフェクト」のような涼しい着心地のウール生地を作ることができます(「クールエフェクト」のページの説明参照)が、こうした技術が開発されるまでは素材そのものの特性を活かす工夫が必要でした。「SHANG」もシルクを混ぜるという手法によって、暑い時期にも涼しく快適に着られる生地となったのです。
シルクが生む、「SHANG」独特の手触りと着心地
ここで、シルク(絹)という素材について少し詳しく見ていきましょう。 SHANGのひんやりした手触りと、優れた放湿性・吸湿性は、シルク(絹)の細い繊維が生み出したものです。
シルク(絹)の生地作りは、蚕が形作った繭を材料として絹糸を作るところから始まります。シルクの細さをあらわす単位は「デニール」。繭から取り出した時点での糸は、約2.8デニールと非常に細いものです。
どれくらい細いかというと、原毛1キログラムから作れる糸の長さをもとにした「番手」という基準に換算すると、1デニール=およそ9,000番手となります。2.8デニールを、およそ3デニールとすると約3000番手。ゼニアの「トロフェオ」で使用されているのが118番手の糸であることを考えると、絹が極めて細い繊維であることがわかります。
この糸のままでは細すぎるため、生地を織る前に、細い糸をしっかりと撚り合わせ、強度のある糸を作ります。この工程で、細い繊維のすきまに空気が入り込み、撚った糸の間に無数の空気の層ができます。この空気の層が熱を遮断することから、熱を伝えにくいという絹糸の特性が生まれるのです。そして、絹糸を混紡して作られる「SHANG」もまた、熱を伝えにくい特性を持つ生地になります。
「SHANG」は、シルク混紡の生地に含まれた空気の層がまだ冷えているため、袖を通した時にひんやりと涼しく感じるのです。
「SHANG」の特徴である光沢感も、シルクを混ぜたことによるものです。この断面図にあるように、シルクの繊維は三角形に近い形をしているため、光を同じ方向に反射します。こうしたシルクの特性が、「SHANG」ならではの光沢の美しさを生み出しているのです。
ゼニアの春夏向けレーベルが続々登場、「SHANG」の今後の展開は?
「SHANG」発表当時、「トロフェオ」など他のゼニアの春夏向け生地と比べて「SHANG」の生地の豊かなツヤ感は際立っていました。そのひんやりとした着心地、シルクの持つ「高級」「贅沢」というプラスイメージも相まって、「SHANG」はゼニアの夏向けレーベルとして高い評価を受けるようになりました。
しかし、2010年、ゼニアの春夏向けレーベルに変化が訪れました。ひとつは、「トロフェオ(春夏物)」の大幅リニューアル。美しい光沢と多彩な柄の種類を持つ、魅力的な生地に生まれ変わりました(詳細は「トロフェオ(春夏)」のページ参照)。
もうひとつの変化は、「クールエフェクト」の登場。特殊トリートメント加工を施すことで、太陽光を反射して熱の吸収を防ぎ、生地の表面温度の上昇を抑える機能を備えた素材です。
独特の光沢と涼しい着心地を最大の特徴としてきた「SHANG」ですが、2010年以降は、ゼニアの他レーベルとの間に大きな差異がなくなってきています。
着る時のひんやりした感触も「SHANG」の人気のポイントでしたが、ここ数年で状況が変わってきました。冷たい空気を含むことで独特のひんやり感をもたらしてくれるシルク繊維の層ですが、いったん外気の熱を取り込んでしまうと温度がなかなか下がらなくなります。記録的な猛暑が続く中、「SHANG」の人気は残念ながら停滞しているのが実情です。
現在、ゼニアの春夏レーベルの定番としては「トロフェオ(春夏)」「クールエフェクト」に人気の座を奪われている「SHANG」。今後、高いクオリティと機能性を併せ持つ春夏レーベルの誕生が予想される中、「SHANG」の生き残りをかけた展開が注目されます。
ゼニア・ダンヒル専門オーダースーツの榮屋本舗 東京駅店店長の前田です。
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